Duolingoに学ぶ〝Employee Experience〟のベストプラクティス(1/3)
本稿は独立系ベンチャーキャピタル、ジェネシア・ベンチャーズのインベストメントマネージャー水谷航己氏によるもの。原文はこちらから、また、その他の記事はこちらから読める。Twitterアカウントは@KokiMizutani。ジェネシア・ベンチャーズの最新イベントなどの情報を必要とする方は「TEAM by Genesia.」から
事業を成長させるために必要な強い組織創りは、唯一解があるわけでもなければ、ここまでやれば終わりというゴールがあるわけでもなく、頭を悩ませている経営者や人事担当者の方も非常に多いかと思います。
自分自身も強い組織創りについてのnoteを書いたりしながら、思索を深める日々を過ごしています。そんな中、USのスタートアップの組織創りに関するベストプラクティスの一つとして Duolingo に話を伺う貴重な機会を頂きましたので、その取り組みについてまとめてみました!
Employee Experience
組織創りの重要性については、日本のスタートアップコミュニティの中でも認識が共通化され、ビジョンやミッションといったコーポレート・アイデンティティーの言語化、バリューや行動規範の策定を通じた思考やアクションに関するスタンスの重み付けといった取り組みが各社で進められています。
しかしながら、実現したいビジョンやミッション、各メンバーに体現してほしいバリューを定めるだけで、強い組織ができるわけではありません。
自社のカルチャーにフィットした優秀なメンバー達が、キャリア実現の場として、高い生産性を維持しながら長期に渡って会社で活躍してもらうための組織創りのキーワードとして、Employee Experience(EX)を挙げることができます。最近、耳にする機会が増えてきた単語です。
このEmployee Experienceについて、解像度高く具体的なイメージを持つことができる人は、自分も含めて、まだ多くはありません。
PwCが日本企業を対象に実施した調査によると、「Employee Experienceを自社の人材マネジメントにおいて重要」と考える企業は89%にのぼる、にもかかわらず、「EX向上のための施策を既に検討・実施していた」「具体的な事例まで知っていた」という回答は約2割にとどまっています。EXの重要性には気付いていながら、その知見は日本において普及していない状況です。
Employee Experienceの重要性については、科学的にも検証が進んでいます。MITのある研究によると、EXに優れたTop 25%の企業は、Bottom 25%の企業と比較すると、
というビジネス上の成果を得られているようです。
Duolingo社について
今回は、世界で最も利用されている外国語学習アプリを開発しているDuolingo社で、Employee Experienceを担当されているSenior Managerの方にお話しをお伺いさせて頂きました。
Duolingo社で日本と韓国のカントリーマネジャーを務めるSho(水谷翔)さんにインタビューのアレンジをしてもらいました!貴重すぎる機会をありがとうございます!
Duolignoは、高度な外国語学習ができるアプリ(Apple・Andoroid)で、Shoさんに紹介してもらってから、水谷も200日以上連続で利用して中国語の勉強を継続しています。
ユーザーが無理なく学習を継続していくための仕掛けが、アプリの中に多く備わっている、とても素晴らしいプロダクトです。ユーザーはなんと無料で利用できます。
Duolingo社は、世界中の人々が無料で外国語を学習できる夢のようなアプリを開発しているUSのスタートアップで、先日、NasdaqへのIPOを果たしました。そんな注目を集めるDuolingo社ですが、成長の裏側にあるEmployee Experieceの取り組みに迫るべく、インタビューに移ります。
① Employee Experienceをいつから大事にしてきたか
今回は、Duolingo社のElise Waltonさんにお話しをお伺いしました。
Eliseさんは、People Team所属のSenior Employee Experience Managerという肩書を持つ方ですが、EXを冠する役職が確立され存在していることに、まず驚きがありました。
さらに、HR Teamではなく、People Teamという部署名の表現選択からも、メンバー各人に向き合っている印象を受けました。また、日本でも注目度が高まっているDiversity & InclusionもEmployee Experienceの文脈で捉えているという点も、学びがあります。
ということで、肩書や所管領域だけでもWowがあったEliseさんという専門の役職者によって推進されているEmployee Experienceが、Duolingo社ではいつから重要視されてきたのか、聞いてみました。
スタートアップの創業期は、プロダクト開発やユーザーニーズの検証に経営チームのリソースが優先され、ヒトや文化への投資は後手になりがちです。結果としてメンバーがバーンアウトしてしまったり、ブラックというレピュテーションが生まれてしまいます。
しかし、連続起業家だからこそ、創業期からEmployee Experienceにコミットしていたという話には、説得力があります。
そんな思想の下で立ち上がったDuolingo社にて、EliseさんはEmployee ExperienceのManagerとして、どのような役割を担ってきたのでしょうか。まずは入社の経緯を伺いました。
Eliseさんのキャリアはとてもユニークで、Employee Experienceの役割を果たしていく上でアートのキャリアが効いているというのは一見意外でしたが、EXについて考えていく上ではとても示唆深いです。
アートの世界における「制作するアーティスト側の視点」と「鑑賞する消費者側の視点」の二つの視点の持ち方を会社組織に応用すると、「経営者視点から見る組織」と「従業員視点から見る組織」があり、ややもすると両者は別物になりうる、ということが含意されていると感じます。
Eliseさんはその後、Duolingo社でどのような役割を担ってきたのでしょうか。
Employee Experienceのスコープが、身体的なハード面に留まらず、情緒的な関係性を含むソフト面へと拡張されてきているようです。EXの目的として、事業の成長とともに社員数が増えていく過程で、組織としての生産性を向上させる優先度がより高くなってくることから、メンバー同士の協働的な関係構築や帰属意識を醸成することに比重が寄るというのは、グロースフェーズのスタートアップが抱える共通の組織経営イシューに沿うものと感じます。
■EX Points①
スタートアップの創業一日目からEmployee Experienceの重要性を認識し、メンバー視点での体験設計を通じて、メンバー同士での協働的な関係構築や帰属意識の醸成を目指していく。
②Duolingo社が毎年カンクンへ社員旅行に行く理由
Eliseさんからのお話しで驚きだったことの一つに、Duolingo社が創業以来、毎年カンクンへの社員旅行を開催してきたことがあります。Eliseさんが着任されてすぐに企画担当した仕事の一つとのことでした。
社員旅行というイメージから伝統的な日系企業でありがちな会社行事を思い浮かべてしまう自分にとって、USのスタートアップでEmployee Experienceを担当するマネージャーからこの単語を耳にするのは意外性がありました。最近では減ってきているかもしれませんが、日系企業の社員旅行は仲の良いボーイズクラブによる慰安的な目的を含むケースが多いと思います。
一方、Duolingo社の社員旅行の場合は、多様な構成員を持つ会社の、全社によるチームビルディングのプログラムとしてオフィシャルに位置づけられているのは大きな特徴です。
このプログラムが目指すメンバー同士の関係性は、単なる「会社の従業員」という枠を越えて、「家族」のような間柄を目指しているような印象を受けましたが、Eliseさんはそのことについても補足してくれました。
これもとても大事なポイントと感じました。
メンバー同士の家族のような”Authentic Connection”は、それ自体が目的化しているわけではもちろんなく、メンバー同士の心理的安全性の礎となって健全な事業成長に繋がる、との判断の下で意図して醸成に取り組んでいる、ことがわかります。
メンバー同士の協働的な関係性の構築は、Eliseさんの役割として、冒頭から挙げられていたことでもあり、Employee Experienceの向上を通じて目指す重要な目的です。この目的を達成するための手段として、毎年の社員旅行を位置づけているという話には、膝を打たれることになりました。
■EX Points②
メンバー同士の心理的安全性が醸成されていくことにより、社内で安心して反対意見やイノベーティブな意見が発信されるようになる。従って、単なる会社の従業員という枠を越えて、メンバー同士が家族のような”Authentic Connection”を構築することをとても大切にしており、その機会として毎年の社員旅行が機能している。
(次回へ続く)
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