巡航と滑空、2種類ある極超音速兵器の違い
極超音速兵器とは極超音速(Hypersonic、マッハ5以上)を発揮できる兵器を指しますが、実は既存兵器である弾道ミサイルも多くが極超音速を発揮できるので、速度だけでは分類できません。
一般的に分類されている極超音速兵器とは、弾道ミサイルのような弾道飛行を行わない飛び方で極超音速を発揮できる兵器を指し、大きく分けて2種類があります。
極超音速・スクラムジェット巡航ミサイル
スクラムジェット(supersonic combustion ramjet、超音速燃焼ラムジェット)はその名の通り、燃焼速度が超音速に達するラムジェット・エンジンです。
ジェットエンジンは流入空気を圧縮してから燃料と混合させて燃焼させます。流入空気は圧縮させる際に速度を落とすのですが、スクラムジェットは流入空気の気流を超音速で行うことで高速化を達成します。超音速の流入空気と燃料を混合して点火・燃焼し、排気の噴射速度が極超音速以上となります。
「超音速燃焼」とは流入空気の速度が超音速という意味であり、燃焼後の排気の速度は極超音速となります。
ラムジェットでは機体飛行速度はマッハ5が限界で、スクラムジェットは水素燃料を使えばマッハ15、実用的な炭化水素燃料(石油のジェット燃料)ではマッハ8~9が理論上の限界速度です。
スクラムジェット巡航ミサイルが飛行する速度と高度、飛び方
つまり軍事用の極超音速兵器としてのスクラムジェット巡航ミサイルは「マッハ5~9で高空を飛んでくる巡航ミサイル」と認識すればよいでしょう。
通常の巡航ミサイルは地表すれすれの低空を這うように飛んで行きますが、スクラムジェット巡航ミサイルは極超音速飛行を維持するために空気が薄い高高度を飛ぶ必要があります。
なおスクラムジェット巡航ミサイルは速度をやや落とした方が射程は大きく伸びるので、目標までの距離に応じて飛行速度を設定します。
以下の図はアメリカ空軍の古い1998年の研究資料です。極超音速巡航時の速度がマッハ6とマッハ8では射程が1.5倍も違ってきます。そして空気の薄い高高度を飛ぶことで高速を発揮しているので、最終突入時に空気の濃い低空に差し掛かると空気抵抗で急激に速度は落ちていきます。
巡航ミサイルは空気吸入孔が空気抵抗になるので、弾道ミサイルや滑空ミサイルに比べて最終突入速度が遅くなりがちです。そこで一部の特許アイデアでは「空気吸入孔をエンジンごと投棄する方法」も提案されています。
巡航中はスクラムジェットエンジンで燃料を燃焼し推進力を出し続けながら飛ぶので、高度は一定のままで飛び続けることが可能です。後述のもう一つの極超音速兵器「滑空ミサイル」のような跳躍滑空飛行(スキップ・グライド飛行)は行いません。そして目標手前で急降下して突入します。
同じ極超音速兵器でも巡航ミサイルと滑空ミサイルでは速度も高度も飛び方も違ってくるのです。実は両者は全く別の種類の兵器であり、本来は同類のものと考えるべきではありません。実のところ、極超音速兵器という分類の仕方自体があまりよくありません。
純粋なスクラムジェットだけでは運用不可能(要ブースター)
なお既存のラムジェットもそうですが、スクラムジェットもエンジンの作動限界速度があります。遅過ぎても作動できないし速過ぎても作動できません。特にスクラムジェットの場合は速い速度を与えないとエンジンが始動できないので、加速用のロケットブースターが大きくなるという問題を抱えています。
スクラムジェット巡航ミサイルに加速用のブースターが必要になるのはロシアのツィルコンだけでなく、アメリカや日本などで開発中のスクラムジェット巡航ミサイルでも同じです。以下の図は日本で開発中のスクラムジェット巡航ミサイルの概念図です。
スクラムジェット巡航ミサイル(日本自衛隊で計画中のもの)
なおスクラムジェットエンジンを改良しラムジェットモードで超音速時の加速も単一のエンジンで行えるようになれば、相対的にブースターを小さくすることが可能となり、弾頭ペイロードを増やすことができます。逆に言えばブースターを完全に無くすことはできません。
滑空弾頭に推進用のエンジンは搭載されていないので、推進力はブースター部分に全て頼るのが特徴です。ブースター切り離し後に滑空弾頭は「宇宙と大気の狭間」の高度を飛んで行きます。
極超音速・滑空ミサイルが飛行する速度と高度、飛び方
滑空弾頭には推進用のエンジンが無いので、速度と射程はブースターの大きさ次第で決まります。以下はブースターがICBM(大陸間弾道弾)とMRBM(準中距離弾道弾)の場合での大まかな推定値です。あくまで推定なので正確な値ではないことをご了承ください。
ブースターがICBM級の場合(ロシア:アヴァンガルト推定)
ブースターがMRBM級の場合(中国:DF-17推定)
跳躍滑空飛行(スキップ・グライド飛行)
極超音速兵器「滑空ミサイル」は滑空時に跳躍滑空飛行(スキップ・グライド飛行)を行います。空気のほとんど無い宇宙に近い高度から降りて来て、空気がある程度濃くなる高度で再上昇(プルアップ)します。これを何度も繰り返すので、石を投げて水面を跳ねるような動きをします。
滑空ミサイル飛行シミュレーション(射程8000km級)
この跳躍滑空飛行を行うことで低い高度のまま長距離を飛行できます。ただし再上昇を行う時に高度を得るのと引き換えに速度が落ちていきます。つまり滑空ミサイルは最初に弾道ミサイル並みの速度があっても跳躍滑空を繰り返すことで速度がどんどん落ちていきます。
そして速度と高度が落ち過ぎると既存の通常の大気圏内用防空兵器でも容易に撃墜されてしまうので、マッハ3~4・高度25km前後あたりを限界点として、その前に目標に降下突入するように飛行を調整します。
島嶼防衛用高速滑空弾(日本で開発中の滑空ミサイル)
- 滑空制御技術 ・空力操舵、スラスタ制御技術
- 高高度滑空機体形状技術 ・機体形状、空力、耐熱技術
本質的に空気抵抗の無い宇宙空間を飛行する領域がほとんどの弾道ミサイルの方がより高速を発揮できます。滑空ミサイルは速度と引き換えに跳躍しながら低い高度で動き続けながら飛ぶことが目的の兵器です。弾道ミサイルを想定したミサイル防衛システムの大気圏外迎撃兵器は基本的に高度70km以上での運用を想定しているので、その下の高度を掻い潜れます。
なお滑空ミサイルでも跳躍滑空飛行をせず、巡航に近い跳ねずに徐々に高度を下げていく飛び方も選択できますが、その場合は常に空気抵抗を受け続けることになるので、有効射程が跳躍滑空飛行時よりも短くなることになります。
【参考資料】
極超音速兵器~そもそもこの呼び方は適切ではない~
このように同じ極超音速兵器と言っても、スクラムジェット巡航ミサイルと滑空ミサイルでは全く飛び方が異なります。完全に別種の兵器と見た方が正しいでしょう。スクラムジェット巡航ミサイルはあくまで巡航ミサイルの進化形態ですが、滑空ミサイルは弾道ミサイルと無動力航空機の合いの子のような存在です。
そもそも極超音速兵器という呼び方はするべきではなく、この2種類の呼び方で広めるべきでした。なにしろ従来兵器の弾道ミサイルも極超音速で飛んでいるのです。しかしもはや既に極超音速兵器という呼び方は世間一般に広く普及してしまい、今さら訂正して新しい呼び方を広めることは不可能でしょう。
極超音速兵器には大まかに分けて2種類があることを、心の片隅に止めて置いて貰えたら幸いです。
【各国の極超音速兵器】※配備済みか試験中のもの
※キンジャールは極超音速兵器を名乗っているが、形状はイスカンデル短距離弾道ミサイルとほぼ同一。
※LRHW、CPSは極超音速兵器というよりは機動式弾道ミサイルに近い円錐形の弾頭形状。
※AGM-183Aはマッハ20まで対応と説明されているが、滑空弾頭がその速度まで設計上は対応できるという意味で、ブースターの大きさからマッハ20は発揮不能。
※ICBM(大陸間弾道弾)、IRBM(中距離弾道弾)、MRBM(準中距離弾道弾)、SRBM(短距離弾道弾)