AIと避妊薬で静かにウイグル人を消していく中国:『AI監獄ウイグル』著者の証言:ジェフリー・ケイン
平和の祭典オリンピックを開催した中国。その一方で、AI(人工知能)や生体認証、あるいは遺伝子プロファイルといった技術を使い、異様で強烈なハイテク弾圧を押し進めてもいる。この閉じられた権威主義体制の内部を訪れ、168人のウイグル人の証言をもとに『AI監獄ウイグル』(新潮社刊)を上梓したジェフリー・ケイン氏に話を聞いた。(聞き手:長野 光、シード・プランニング研究員)
――ウイグル人の女性は、中国政府から経口避妊薬を飲むことを求められます。なかには地元の診療所で、強制的に不妊手術を受けさせられる場合もある、と著書に記されています。これは公然とジェノサイドが行われている、ということでしょうか。
ケイン:ジェノサイドだといえます。ジェノサイドの定義は複雑であり、様々な考え方が存在します。けれども、ある民族や宗教集団などをまるごと消そうという試みが明らかになれば、ジェノサイドの十分な定義になるでしょう。アイデンティティの抹殺であれ物理的な抹殺であれ、同じことです。
ロンドンで立ち上げられた民衆法廷「ウイグル法廷」は、制裁を発動する能力はありませんが、独立した司法です。ウイグル法廷は、中国側の大使を呼び証言を求めましたが、中国側は拒否しました。昨年12月、最終的に「中国政府がウイグル人に行っている行為はジェノサイドである」とウイグル法廷は判断しています。決定的な判断材料は、経口避妊薬と強制的な不妊手術。中国の指導者が、ウイグル人やウイグルの文化を、時間をかけて消そうとしている証拠です。
21世紀の独裁政権は昔と異なります。とくに中国は、葬りたいグループに対して強烈な暴力は行使しません。現在はスマホで何でも記録される時代で、真実を隠すことが難しい。そこで、民族の文化を消してしまうんです。モスクなど受け継がれる文化を破壊したり、不妊を強いて後世を断ち切ったりする。子供たちには中国語を教える。その結果、ウイグル人はトルコや米国などに逃れた難民だけになってしまう、という未来が待っています。
――中国政府は、どのような説明をしてウイグル人女性たちに避妊薬を飲ませるのでしょうか。
ケイン:中国政府の説明はSF小説を超えます。彼らは避妊薬を「科学に基づいたウイルスを取り除くための薬だ」と説明します。政府の職員が訪ねてきてこう告げる。「私たちはあなたを特殊訓練施設か再教育センターへ送らなければなりません。あなたの意識と肉体は、過激思想、テロリズム、分離主義というウイルスに侵されています」。これは強制収容所行きを告げる歪曲した表現です。
中国共産党が全ての上に位置するというシステムであり、共産党の指導者は、ウイグル人が信念や独自のアイデンティティを持つことを認めません。欲望も感情も、感覚も、判断力も、持たせない。徹底的にアイデンティティを抹殺し、共産党の殻で覆いたいのです。
――スカイネットと呼ばれる監視カメラの巨大なネットワークについて、著書で詳細に述べています。スカイネットとは何ですか。どのような設備で何を監視しているのか。
ケイン:スカイネットは中国政府が行使する巨大な監視網であり、人々のデータを統合管理しています。
2005年から使われ始め、新疆ウイグル自治区では、「一体化統合作戦プラットフォーム(IJOP)」で運用されます。このシステムは、新疆の一人一人に関する大量のデータを収集し、文字通り生活圏の隅々までカメラで管理しています。政府は「住民の誰が何を買っているか」「どんな食事習慣なのか」「子供が何人いるか」などを把握できるわけです。
問題なのは、システムがデータからどう予測を立てているのか曖昧なところです。たとえば、あなたがオムツを購入した場合、システムは「あなたは信用できる」と判断します。なぜなら、子育てをしている責任感のある人だから。一方、タバコやハンマーのようなものを購入した場合、システムは「あなたが爆弾を作ろうとしている」と考える。つまり、テロリズム思想や良からぬ思考が芽生え始めている、と判断されてしまうのです。これは大変な脅威です。自分の行動がシステムにどう判断されるか想像できない。そして、警察はどんな理由も付けることができてしまう。これがウイグル人の置かれたSFを超えたディストピア(暗黒社会)です。
――著書の中で、メイセムというウイグル人女性にフォーカスし、彼女の日常や経験を通して、新疆ウイグル自治区で起きていることやウイグル人の実情を説明しています。メイセムとはどんな人ですか。何故彼女を中心にして著書を書かれたのでしょうか。
ケイン:メイセムは20代のとても頭のいい女性です。私がトルコにいた時に、取材の過程で彼女に出会いました。私が彼女に興味を持った理由は、彼女の知性です。世界や文化を俯瞰する彼女の考えは素晴らしかった。彼女は文学や歴史の理解を通して、新疆の現状を見ていました。人類の経験に照らしながら、「ウイグル人たちが経験している出来事はかつて起きたことなのか、それとも全く新しい局面なのか」と。
また、彼女は記憶をさかのぼり、恐怖体験のプロセスを語る力がありました。いったいどれほどの苦痛が彼女の魂を追い詰めたのか。彼女の潜り抜けてきた体験は、まさにディストピア小説でした。
――中国政府に対して態度が反抗的であると判断されたメイセムは、再教育センターという施設に送り込まれます。
ケイン:全ての強制収容所、拘置所、再教育センターで、ウイグル人はみんな同じ経験をします。まず、彼らは警察署に連行され、顔は覆われて見えないようにされます。その後、車やバイクに乗せられ、どこか分からない刑務所のような巨大な複合施設に連れていかれる。そこには、必ず鉄のドアがあり、共産党のスローガンが書かれた壁に挟まれた長い廊下が続いています。受付で収容所の登録が完了すると、独房に入れられます。
多くの収容所は人口過密状態であり、180万人が収容所にいるそうです。これは中国の少数民族のおよそ10%の人口になります。
小さなマンションのリビングルームくらいの広さの独房に、20名から40名が押し込まれます。立ったり眠ったりすることもままならない状況。人々は、部屋に置かれたバケツをトイレにすることもある。どこにいてもあらゆる所からカメラで監視されます。そのおぞましさがイメージできるでしょうか。自分のアイデンティティを持つことを諦めて、共産党に魂を捧げるまでこのプロセスが続きます。
奇妙で意味不明なゲームを解く授業もあります。例えば、テーブルの端に、家と庭の模型があり、その反対側に、様々な銃の小さな模型が置かれています。「まず、家などのモデルを正しく並べろ。それから、いろんな種類の銃を正しく並べろ」と命じられます。どう並べたらいいのかウイグル人たちは戸惑います。正解は、それらの銃のモデルに一切触らないことです。もし触ったら、あなたはテロリストであると認識され、独房に入れられたり拷問される。
強制収容所においてこのゲームはとても一般的であり、正常な思考力や分析能力を破壊することを目的としています。
――これだけにとどまらず、中国政府は「家族になる運動」と題して、100万人の政府職員をウイグル人の自宅に送り込んでいると著書にありました。これはどういうことでしょうか。
ケイン:これこそもっとも恐ろしく気味の悪い試みです。初めて知った時は驚愕しました。「家族になる運動」は、ウイグル人や少数民族の家庭に、強制収容所に連行された家族の代わりを務める共産党員を送り、一緒に住みながら正しい愛国者になる方法を教育するというものです。一緒に食事をしている間、共産党員はプロパガンダを語り、テストを行い、道を踏み外さないように見張っています。
また、共産党員はその家庭の女性たちと同じベッドで寝ます。寝る時の距離まで指定される。夫は強制収容所に入れられて不在。これは明白なセクシャルハラスメントの脅威です。彼女たちには拒んだり文句を言うことも許されない。反抗すれば、共産党員は嘘の話をでっち上げて通報し、彼女たちは強制収容所送りになってしまいます。ウイグル人の立場はこれほどまでに弱いのです。
――多くのウイグル人から得た貴重な証言が著書に記されています。彼らは、どれほどの危険を冒して、アメリカ人のジャーナリストに話を打ち明けたのでしょうか。また、ケインさん自身が中国に入り、現地で情報を集め、人々にインタビューしたことはどれほど危険なことだったのでしょうか 。
ケイン:本を書いたり調査したりする上で最も難しかったのは、証言者を全力で守る必要があるということでした。彼ら自身は難民として別の国で保護されていたとしても、保護されたウイグル人たちの家族が、まだ中国の中にいるからです。
そのため、私は彼らに匿名で語ってもらいました。本に書いたことは事実であり、全く嘘はありません。しかし、意図的に情報を少し変形した部分はあります。出来事の時間軸を分からなくするために、出来事の起きたタイミングなどを曖昧にしました。
サイバーセキュリティ対策にも力を入れました。私のパソコンが狙われるかもしれないし、インタビューの記録が盗まれるかもしれない。音声を聞かれたら証言者が割れてしまう。
トルコのウイグル人コミュニティで聞き取り調査をすると、そこにはたくさんのスパイや情報屋が潜んでいることが分かります。ただ誰が中国政府の手先で、誰が自由に話せるウイグル人か見分けがつきません。そこで、私は細かくファクトチェックを行いました。彼らの言葉が真実か細かく検証しました。
ただ、私がこういった努力をしても、中国のインテリジェンスはとても手ごわい。私は証言してくれたウイグル人を守るために最大限努力していますが、守り切れるとは限りません。中国政府が殺し屋を雇って元スパイを殺害しようとした例もあります。ウイグル人が自分の体験を語ることは、大変な危険を伴うのです。(構成:高野歩)
ジェフリー・ケイン著 、濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)