北極圏海底に、300年生きる生物たちの楽園があった(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース
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14コメント14件──海氷が光を遮る1000メートルの水底に、海綿動物の広大な楽園が広がる。その栄養源は、数千年前の生物が残した遺物だ
北極海の海底に300年生きる海綿動物の楽園が広がっていた
北極海中心部は海氷に覆われており、地球上でもっとも不毛の海といわれる。しかし、北極圏最大の海底死火山・カラシク山の近海には、スポンジ状の海綿動物の楽園が広がる。● 動画:水深450メートル、メカジキに群がるサメ、そのサメを食べる大魚カラシク山は裾野を深海5000メートルにまで広げ、山頂は海氷の下560メートルにまで迫るという巨大な海山だ。付近で大量の生物が初めて確認されたのは、今から6年ほど前のことだった。分布域はフットボール場3000個分ほどにも及んでおり、当時の生物学者たちを驚かせた。その発見以来、海綿たちが何を食べて生きているのかという謎が未解決のまま残されてきた。通常、海綿は海水をろ過して植物プランクトンなどの栄養分を濾し取ることができるが、光の届かないこの付近の海水にはほぼ栄養素が含まれていない。このたび学術誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』に掲載された論文により、その謎に対する答えが示されたようだ。1000~3000年前に海底で栄えた環形動物がおり、それらが育んだ残骸が数千年経った今になって、海綿の生命を支えているのだという。■ 地形調査中に出会った、予想を超える生物の群れカラシク山近海での生物の発見は、2016年に遡る。ドイツのアルフレート・ヴェーゲナー研究所に務めるアンティエ・ボエティウス博士(地質微生物学)率いる調査チームは、この海域に特殊な水中カメラを投下した。主な目的は、付近の海底山脈の地図を作成することだ。生物の観察に関してはほぼ期待できず、100メートルごとにナマコ1体、1キロごとに海綿1つがみつかる程度だろうというのが事前の読みだった。しかしボエティウス博士らチームは、カメラからの映像に息を呑む。博士は当時の様子を、米アトランティック誌に対しこう語っている。「映像はぼやけていてライトも10メートルほどしか届かないため、最初は何もみえませんでした。」「しかし、(海底から)5メートルほどまで近づくと、丸みを帯びた複数の塊にあたり一面覆われているのがみえたのです。さらに(カメラが)近寄ると、私たちはいっせいに叫びました。『海綿だ!』」通常の海綿は直径数センチほどの球形のスポンジ状となっているが、カラシク山付近には直径1メートルにも達する巨大な個体も生息していた。数も非常に多く、場所によっては「海綿同士が折り重なり、海底が見えない」ほどだったという。ほとんどがはるか昔から存在しており、平均で300歳ほどと見積もられている。■ 深海に広がる15平方キロの楽園ボエティウス博士は、カメラなど機材一式をソリに乗せて海底を走らせた。すると、分厚い氷に覆われた水深1000メートル付近という光すら届かない領域に、広さ15平方キロにもおよぶ海綿の生物群が広がっていることがわかった。フットボール場3000個分、あるいは渋谷区全域ほどの広さだ。死の場所と思われていた海底死火山・カラシク山周辺において、このような発見はまったく予想外のものだ。ボエティウス博士たちは、海綿がなぜ生きているのかについて複数の説を検討した。しかし、検討を進めれば進めるほど、辺りの水中に栄養源は存在しないという事実に気づかされる結果となり、博士たちは頭を抱える。あらゆる仮説に行き詰まった博士たちはそのとき、あることに気づく。ほとんどの海綿が、海底に広がる黒いじゅうたん状の組織の上に自生していたのだ。回収したサンプルを分析すると、じゅうたんのようにみえたその組織は、中空の固いチューブ構造が密集してできたものだった。その正体は、環形動物の一種であるチューブワームが1000~3000年前に遺した構造物だ。■ ガスを食べて生きるチューブワームまだカラシク山の活動が活発だったころ、この海底ではガスが盛んに噴出していた。そこで栄えたのがチューブワームだ。チューブワームには口がなく、ほかの生物をエサとして食べることがない。代わりに、海底の熱水噴出孔から吐き出されるガスからメタンや硫化化合物などを取り込み、体内の微生物の力を借りて分解・摂取する。こうして栄えたチューブワームの集団だが、火山活動が停止してガスの噴出が弱まると付近から全滅した。後に残されたのは、大量の殻だ。軟体動物のチューブワームは、体の周りに固いチューブ状の殻を形成し、そのなかで暮らす。数千年経った今日、この殻が海綿の貴重な栄養源となっている。硬いタンパク質でできたチューブを海綿に共生する微生物が酵素で分解し、それを海綿が摂取するのだ。■ 最新の研究で裏付けられるこうした考えはあくまで仮説にすぎなかったが、海洋学者のチームによってこのたび裏付けされた。ドイツのマックスプランク海洋微生物学研究所に務めるテレサ・モルガンティ博士(海洋科学)が調査したところ、土台となっているチューブワームの残骸とその上に住む海綿について、炭素と窒素の安定同位体比がほぼ同じであることが判明した。両者のあいだに食物連鎖が存在することを示唆するものだ。ある海洋生態学者は米サイエンス誌に対し、北極圏深海の生態系がこれまでほとんど研究されてこなかったと指摘し、「非常にすばらしい発見です」と述べている。なお、海綿が足元のエサを食い尽くしてしまわないかと心配になるが、モルガンティ博士は楽観的だ。海綿は年に数センチというゆっくりとした速度で移動することができ、また新たなエサにありつくのだという。残されたじゅうたんの量を算定することは難しいが、少なくとも今後数世紀は問題ない見通しだ。その後、この広大なコミュニティは終わりを迎えることになるだろう。アトランティック誌は、おそらくこの海綿動物が死んだあとも、数千年後になってその死骸がまた新たな生物の集団を育むことになるのではないかと予想している。北極海海底の一風変わった生物たちは、数千年単位の生命のバトンを受け継いでいるようだ。
青葉やまと
最終更新:ニューズウィーク日本版