[古賀心太郎のドローンカルチャー原論]Vol.09 航空法の変遷とその背景を振り返る(前編)
今後の航空法の方向性
2020年末、ドローン業界に大きな衝撃が走るニュースが飛び込みました。国土交通省航空局が公開した「無人航空機のレベル4の実現のための新たな制度の方向性について」という資料の中に、機体の認証制度や操縦者の技能に関するライセンスについての方向性が記載されているのですが、今後「登録と許可・承認の対象を100g以上に拡大する」という文言が明記されたのです。
背景としては、航空法で「無人航空機」に該当しない重量200g未満の高性能ドローンが、ここ数年の間に市場に投入されてきたことが挙げられますが、これら小型ドローンの普及による事故や懸案が発生してきたことで、従来の法制度では安全が担保できなくなってきたという事実があります。
このニュースに対して、日本のドローンユーザーたちから様々な反応がありましたが、200g未満のドローンを製作しているメーカーや愛好家たちからすれば、歓迎できるものではないでしょう。せっかく申請不要の範疇に収まるようにドローンの軽量化に注力してきたのに、その努力に意味がなくなってしまうのですから。
いつの時代も、法律と産業、そしてカルチャーは密接に結びついています。法律は、社会の情勢に合わせて形を変えるとともに、産業とも互いに影響し合います。航空法の改正も、ドローン産業、パイロット、そしてカルチャーに大きな力を及ぼし合ってきました。
ドローン×カルチャーがテーマの本連載。今回は、航空法の改正とその背景、そしてそのルールや規制が僕たちの仕事に与える変化や影響を時系列で振り返ってみようと思います。
航空法改正(2015年12月)
首相官邸にドローンが落下した事件や、長野市の善光寺でのドローン落下事件などが契機となり、航空法が改正されたのが2015年。首相官邸の屋上まで、誰にも探知されることなくドローンを不時着させることができた事実に、世間は驚きました。また、公共の場でひとたびドローンが落下すれば、不特定多数の人に傷害を負わせるかもしれないという可能性が浮き彫りになり、この頃から世の中に"ドローン"という言葉が定着し始めます。
これらの事件から法改正まで数ヶ月しかかからなかったという事実は、政府がドローンの規制に大きな問題意識を持っていた証拠ですが、客観的に考えても、早急なルール制定が必要であることを、この当時に感じていた方は少なくないと思います。
航空法改正まで、日本国内にはドローンを規制する法律がほとんど存在しなかったため、それ以前は基本的に、特に許可を得ることなく飛行することができました。しかしご存知の通り、現在はドローンを飛ばす際に、まずは航空法のルールを必ず確認しなくてはなりません。
僕たちドローンパイロットは、単に操縦や空撮技術だけでなく法律の知識を持っていないと、いくら操縦や空撮のテクニックを持っていても、ドローンを飛ばすスタートラインにすら立つことができないのです。
2015年の航空法改正は、安全にドローンが運用される社会を創造するための重要な変化点でしたが、それがドローン産業に与えた意味を考えてみると、ドローンを業務として扱う者を、明確に"プロフェッショナル化”"させたと言えると思います。
申請したことがある方ならお分かりだと思いますが、その内容のほとんどは、リスクを理解し、必要な対策を取っているかを問うものです。業務の中で、どこに、どの程度のリスクがあるかを正確に把握し、それを許容できるレベルに抑えること、言い換えるならば、適切なリスクアセスメントを行なっているかを審査されています。申請者であるパイロットは、申請作業の中で、自ずとリスクの程度と、それに対する責任を自覚するわけです。
趣味でドローンを飛行させることはもちろん可能ですが、単にホビーで飛行させる方にとって申請はやや面倒な作業ですし、場所や日時を特定しない包括申請は趣味用途ではできないという、制度上の区別をしています。2015年の航空法改正は、日本において、プロのドローンパイロットが生まれた瞬間だと、言っても良いのではないかと思っています。
航空局標準マニュアルの公表(2016年7月)
航空局への飛行申請には、飛行マニュアルという資料を添付する義務がありますが、法改正直後はまだ決まった書式は存在しませんでした。当時は自分でマニュアルを必死に作成しても、航空局からの修正指示差戻しの繰り返しで、お互いに時間がかかってとても非効率。そこで、「航空局標準マニュアル」が公表され、以降は申請時にこれを利用してもよいことになりました。
航空法の基本的なルールは、場所の規制と飛行方法についての規制ですが、「航空局標準マニュアル」には細かい追加的な制限が多数記載されています。しかし、このマニュアルを利用する申請者の多くが、実はその内容をあまり理解していないという問題があります(ご自分が申請した際、マニュアルをしっかり読んだか、思い返してみてください)。
例えば、場所や日時を特定しない包括申請をする場合、人口集中地区(DID)では、目視外飛行や夜間飛行を行うことができないことが、マニュアルに明記されています。DIDでの飛行、夜間、目視外、それぞれの禁止項目にチェックを入れて申請しても、それらが組み合わさった飛行はできないということです。
また、病院や学校など、不特定多数が集まる場所での飛行も、包括申請の場合はマニュアル内で禁止しています。これらの理由は、もちろんリスクが高いからであり、飛行を行う場合は、場所や日時を特定した個別申請を別途行わなくてはなりません。
なぜ「航空局標準マニュアル」の中に、たくさんの細かいルールがあるのか。場所や日時が決まっている個別申請であれば、審査する航空局側も特定のリスクを想定して審査することができますが、包括申請の場合はそもそも場所も時間も決まっていないので、許可を出すには条件を厳しくせざるを得ないのです。
現在は、「航空局標準マニュアル」のおかげで、自らマニュアルを作成する必要は無くなりましたが、一方で、マニュアルを理解せず、本来であれば禁止されている飛行に気づかないケースが少なくないといいます。僕は、ドローンの法律セミナーをやらせてもらうことがあるのですが、いつもこの「航空局標準マニュアル」を取り上げ、包括申請とその承認・許可の内容について、誤解がないように理解を深めてもらっています。
実際、このマニュアルの中で禁止されているルールは、空撮などの業務では該当してしまう場合が多く、改めて個別申請をしなくてはならないことが頻繁に起こります。業務でドローンを利用する場合には、マニュアルの正確な理解が必須と言えるのです。
よく知られている航空法の主なルールは、3つの空域と6つの飛行方法に関する規制ですが、これらはあくまで大枠のルールであって、安全なドローン社会を確立するためにはさらに細かい決まりが必要です。さらに、これは利用者の増加や変化、産業や社会の発展に応じて修正していかなくてはなりません。実は航空法の中で、このルールの補填的役割を担っているのが「航空局標準マニュアル」なのです。
マニュアルは不定期に更新されますが、その修正内容は、何かしらのリスク懸念が増加したことによる規制強化、あるいは、安全が確保されたことによって導かれる規制緩和を反映しています。つまり、社会の変化や機体の開発、事故事例などの様々な背景をマニュアルの中に見て取ることができるというわけです。航空法を正しく理解し、かつ最新の情報をキャッチアップするためには、「航空局標準マニュアル」を熟読することが一番なのです。
▶︎航空局標準マニュアル01(個別申請)
▶︎航空局標準マニュアル02(包括申請)
▶︎航空局標準マニュアル(空中散布)
▶︎航空局標準マニュアル(研究開発)
ドローン情報基盤システムDIPS開設(2018年4月)
申請関連について、今まででもっとも大きな変化ポイントと言えば、このドローン情報基盤システム、通称"DIPS"の導入でしょう。法改正以降しばらくの間は、申請書類をWordなどで作成し、主に郵送していた申請フローでしたが、2018年にオンラインシステム上で申請できるようになりました(以前も、e-gov電子申請で申請可能でした)。
航空法の申請者数は、2016年度では月平均1,100人であったのが、2018年度には月平均3,075人と、2年間で約3倍に急増しています。その申請内容は、人口集中地区(DID)での飛行と、第三者から30m未満の飛行に関するものが多数を占めているのですが、これはリスクの高い都市部での飛行が大半であることを意味しています。
リスクが高いということは、当然審査にも時間がかかり、申請内容に不備があればそのやり取りの分だけ手間がかかります。このように申請数が爆発的に増加したことで、審査の効率化が急務となりました。
DIPSは、基本的には選択肢にチェックを入れ、必要なファイルをアップロードするという方式をとっており、情報に不足や不備があるとエラーで知らせてくれます。申請が複雑だという意見も聞きますが、書類を自分で作成していた時期と比べれば、ずっと申請がしやすくなったことは事実です。
DIPSの導入には、申請する側も審査する側も効率的に進めることができ、より多くの許可・承認を世の中に出せるようにするという意図があります。国土交通省は基本的にルール(=規制)を作る側ではあるものの、安全なドローン社会の形成と産業発展の後押しを同時に目指しているということです。
効率化を目指したDIPSですが、ユーザー側にとっての欠点もあります。例えば、審査担当者の顔が見えないということ。航空法改正直後しばらくは、本省航空局の担当者が直接メール等や電話で修正指示をしてくれたので、密なコミュニケーションができ、書類上の不備や修正指示を理解しやすかったり、こちらの要望を正確に伝えることが可能でした。
ところが、すべてのやり取りがDIPS内で完結する現在、申請の過程で疑問などがあった場合、それをスムーズに解消することができず、タイムロスしてしまうことが度々あります。空撮の仕事はかなりタイトな日程で依頼が来ることも多く、審査ステータスがどうなっているか分からず、許可・承認が希望日までに下りるかもわからない時は、気が気ではありません(注:無人航空機ヘルプデスクに電話して申請番号を伝えると、審査状況を確認することは可能です)。
かつてのような直接的コミュニケーション方式の場合、審査側も人間なので、担当によって指示の内容や対応に微妙な差異が発生します。そのような"イレギュラー"が生まることは問題なので、可能な限り審査担当の匿名性を形成し、審査基準を公平に、かつシステマティックにするという意図がDIPSにはあるのだと思います。
申請の代行を行政書士に頼んでいた人が、DIPS導入を機に自分で申請を始めた、という話を以前よく耳にしました。オンラインで申請できる制度が完備されたおかげで、ドローンパイロットが申請をしやすくなったことは事実でしょう。
さらに変容する航空法
ところで、「重量200g未満のドローンは、航空法の適用対象外」というフレーズをよく耳にしますが、これは完全な誤りだということをご存知でしたでしょうか。
航空法では、空域や飛行方法についての規制を定めている200g以上のドローンが「無人航空機」と定義されているのに対し、200g未満のものは「模型飛行機」に該当し、空港周辺や飛行高度の制限などが定められています。200g未満のドローンについても、航空法上の決まりごとがあるということです。
また、航空法以外の法律や条例のほとんどは、ドローンの重量に区別を設けていないので、200g未満であっても届出が必要だったり、罰則の対象となることがあります。巷で言われているような「無許可で飛行可能なドローン」ではないのです。
とは言え、今後は200g未満も「航空法の規制対象」となることが決まってしまっているので、これがコンシューマー向け小型ドローン市場に与える影響が非常に大きいことは想像に難くなく、"入門機"としてこれから存在がどうなるのか大変気になるところです。
次回も、航空法の変遷とその背景を追ってみたいと思います(後編に続く)。