広島での1次産業の課題解決を全国へ AaaSの構築とスパイラル上の進化 ―エネコム 武田氏、金森氏インタビュー
広島に本社を置き、通信回線やデータセンターなど情報通信サービスを提供するエネルギア・コミュニケーションズ(以下、エネコム)は、地域の課題解決を実現する新たな事業創造へ向け、様々な取り組みを行っている。
特に1次産業に焦点を当て、広島県をはじめとする自治体や、大学などと連携しながら事業展開を行っている。
そこで本稿では、具体的な取り組み内容をはじめ、1次産業に焦点を当てている理由や今後の展開などについて、株式会社エネルギア・コミュニケーションズ 経営戦略本部 事業戦略部 事業開発チーム マネージャーの武田洋之氏、同チームの金森真央氏にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS 小泉耕二)
地域の課題を地域で解決するために、1次産業にデジタルを活用する
エネコムの地域課題解決への取り組みは、2017年、広島県内の耕作放棄地を活用した体験農園を提供する取り組みを開始したことから始まっている。
全国における約100か所の体験農園の運営や、アグリイノベショーン大学校を展開する株式会社マイファームと業務提携し,中国地方においての体験農園サービスを提供していたのだ。
その背景には、地方の人口減少や核家族化の進展などの「地域コミュニティの弱体化」や、1次産業世代の高年齢化による「技術継承の断絶」といった問題がある。
こうした地域に根差した課題を、その地域で解決することによって、全国にそのノウハウを展開できるのではないかという想いがあると武田氏は語る。
また、1次産業は他の産業と比べIT化が進んでいない産業だ。そこで、1次産業にデジタルを取り入れることで解決できる課題は多いのではないかと、インターネットなど情報通信サービスを展開するエネコムが旗振り役となったのだという。
そして、体験農園サービスの次に取り組んだのが、AI・IoTをはじめとするデジタル技術を活用した実証実験の場である「ひろしまサンドボックス」だ。
生産者と並走し、実益のあるデジタルを導入する
ひろしまサンドボックスで取り組んだのは、「島しょ部傾斜地農業に向けたAI・IoT実証事業」だ。
実証フィールドは瀬戸内海の中部にある大崎下島。かつてはレモン生産地として「黄金の島」と呼ばれていたが、人口減と農家の高齢化に加え、傾斜地農業のため生産者への負荷が高く、担い手不足で年々耕作放棄地が増えているのだという。
そこでIoTを活用し、作業効率化や技術の見える化および継承、労働負担の軽減などの実現へ向けて、プロジェクトが始動した。
実際に取り組まれた実証内容は以下の通りだ。
- LPWA・ZETAを活用したIoTネットワークの構築
- 農業向けセンサーによる農園の可視化
- 画像撮影ドローンでNDVI(植物の活性化状況)を取得し、活性化状況を可視化
- QRコードとチャットボットを活用した木の位置情報および生育・ノウハウのデータ化
- 衛星データを活用した植生の把握
- 上記実証から取れたデータ分析およびAI活用
- ロボットやドローンなどのメカの実用性
ここで、ZETAとは、LPWA (Low Power Wide Area)とは、ネットワーク規格のひとつで、通信容量は小さいが、低消費電力かつ低コストで、広範囲に通信が行えるという特徴がある。ZETAは、そのLPWAを、中継機を介してさらに広範囲なメッシュ状に張り巡らせることができる通信だ。
ZETAを使ってネットワークを構築したポイントについて、金森氏は、「農園1と農園2の間に高い山があり、農園間での通信が難しかった。そこで、ZETAを使って見通しの良い島を中継して農地間を接続するということに成功した」と述べた。
農業IoTならではの地形の問題を、ネットワーク技術で解決しているところが興味深い。
しかも、この中継機の設備は、数万円で購入できるものであるとのことから、同様のことを実現しようとする事業者にとっては、事業負担を軽減する効果も期待できる。
農園内の約3,000本のレモンの木1本1本にQRコードをつけ、スマートフォンでかざすことにより、作業履歴などをチャットボットで簡単に入力する。これにより、レモンの木に関するデータの蓄積・連携が可能になる。
こうして、作業履歴や植生データ、センサによるレモンの機周辺の環境データなどの相関や傾向を分析することで、新しい就農者向けレモン栽培のノウハウをモデル化しようと取り組んだのだという。
集めたデータを活用したAIのモデルを開発することで、明日、明後日の天気予報と合わせて、「何をすれば良いか?」という明日の作業内容を教えてくれる。また、農園の運営計画や、営農計画に反映することが今回の取り組みだ。
こうした取り組みでは、「実用性」「経済性」「拡張性」を実現する必要がある。そのため現場では、インフラの整備、誰でも簡単に使いこなせるユーザビリティ、効果の検証など、たくさんの試行錯誤があったと武田氏は語る。
「例えば農園の土壌温度・湿度を測ろうと思うと、土壌センサーを土に挿して設置します。(実証②)しかし、当初はセンサーを挿してみてもデータがちゃんと取れませんでした。
そこで原因を突き止めるために試行錯誤をしていると、センサーの土への挿し方によってデータの取れ方が違うということが分かりました。
また、ドローンで農園のNDVI値(植物の活性化状況がわかる値)を取得した際も、精度良くデータを取得するために、高度な技術を活用したのですが、実際にデータを取得してみると、雑草が生えるところがNDVI値が高くなるということがわかり、理屈通りにはいかないことが多かったのです。
こうしたひとつひとつのことを農家さんと共に取り組んでいくことが重要だと考えています。単純に物やサービスを提供して終わるのではなく、生産者の方が活用することができ、メリットを感じてもらうことが目的だからです。
そしてこうした取り組みは、これまでインフラサービスを提供してきたエネコムならではの観点が活きていると思います。」(武田氏)
新規就農者を育てるため、農機資産をシェアリング
そして、こうしたサンドボックスでの取り組みは、様々な事業へと発展していく。
1つ目は、農水省事業を県立広島大学ほかと連携し、庄原と島根で取り組んでいる「地域向けシェアリングサービス」の実証事業だ。
ひろしまサンドボックスで取り組んでいた実証事業では、主に現在農家を営んでいる生産者の課題を解決するというアプローチだったが、「地域向けシェアリングサービス」の実証事業では、生産者として新規参入する就農者のハードルを下げることができる仕組みづくりも踏まえ展開する。
生産者として農業に新規参入する際の一番のハードルは、「コンバインや田植え機といった、農機などの設備投資だ」と武田氏は語る。
そのため、農機を借りて農業を始める新規参入者が多かったが、地域に農家の身内や知り合いがいる場合に限られていたという。
そこで、地域で使われていない農機の情報登録や管理、農機の稼働管理、予約や請求といった予約システムのプラットフォーム「AaaS(アース)(※)」を開発し、オープンに農機のシェアリングを行う実証実験を行っている。
武田氏は、「新規参入する生産者のハードルを下げ、地域の生産者を育てるためにも、地域の資産をうまくシェアリングしていくという構想です。
こうした新規参入の際のハードルは全国の地域にあるため、将来的にはこの構想を広げていきたいと思っています。
そのためには、プラットフォームサービスという仕組みだけでなく、各地域に合わせたコンサルティングも含めて提供していくことが重要です。」と、設備投資による新規参入者のハードルという共通の地域課題を、各地域にカスタムした形で普及させていきたいと語った。
汎用的なノウハウの蓄積と、必要に応じた個別化した開発
次に、同じく農林水産局による、2021年度のひろしま型スマート農業プロジェクト「ひろしまseed box」でも、エネコムは新たな取り組みに着手している。
ひろしまseed boxでエネコムが取り組んでいる事業は、ぶどうの圃場でのデジタル活用だ。
圃場のデータを収集したり、スマートグラスを活用してぶどうの品質を向上させたりといった取り組みにより、売り上げ向上や費用削減といった農業経営にデジタルを活かしていくプロジェクトだ。
具体的な取り組み内容は以下の通りだ。
- AI搭載のARスマートグラスを活用した摘粒支援
- データや画像の取得により3D仮想空間を作成し、生産工程および成績の管理を行う
- 画像AIを活用した等級判定
- ドローンやAIを活用した最適な獣害対策の考案
- 収益シミュレーションの構築
ARスマートグラスによる摘粒支援において、粒の数や形がぶどうの価格に大きく影響するため、的確に摘粒する必要がある。そこで、ぶどうの房には適切な数の実がなるように、生育中に調整する必要があるのだが、一房に対する粒のバランスがきれいになるように、間引きを行う。
しかし、この間引き作業はひと房当たり数秒で行わなければならないため、両手が空いている状態で、一瞬でどの粒を間引けば良いかを知りたかった。
そこで、ヘッドマウントディスプレイ型のMRデバイスであるホロレンズとAIを活用し、どの粒を間引けば良いかを教えてくれる仕組みを実現したのだ。
他にも、作業記録をチャットボットで取得したり、ドローンを使った映像でデジタルツインをつくることで、農地のどの辺によい葡萄ができているか、という分析を行うということだ。
また、ぶどうの等級判定においても、これまでベテランの農家がやっていたわけだが、ここでもAIの画像判定を使って、等級判定を行う。重さの推定や色の判別、粒のバランスなどで等級判定を行うのだという。
さらに、灌水や肥料作業の実施タイミングも、環境センサで取得した情報で行い、獣害対策に関しても、どこにどんな害獣が、どれだけいるかがわからないと、罠を仕掛けることもできない。そこで、ドローンを夜間に飛ばし、どこに獣害がいるのかを把握し、その移動経路を明確にするのだという。
こうした、様々な取り組みは、「ひろしまサンドボックスのレモンの実証事業の経験が活きています。
もちろん『レモン』と『ぶどう』では生育条件やブランド化に必要な制度などが違うため、課題は異なってきます。しかし、データ取得や有効性に関する検証はレモンで行ってきた経験が活き、ぶどうの実証ではスムーズにデータ取得を行うことができました。」と武田氏はいう。
また、三次市との「獣害捕獲ICT実証」という取り組みでも、ひろしまサンドボックスでの技術やノウハウが活きているという。
三次市では、有害獣である鹿や猪を、狩猟や箱罠による捕獲を行い、ジビエとしての活用が行われていた。
しかし、ジビエとして流通させるためには、捕獲後すぐに処理しなければ劣化が進んでしまうため、ほとんどが廃棄処分されてしまっていたという。
そこでエネコムは、ひろしまサンドボックスでレモンの木の位置情報および生育・ノウハウのデータ化のために開発した、チャットボットの仕組みを応用させている。
具体的には、チャットボットを活用した捕獲場所の位置情報を処理場に共有するシステムの構築や、QRコードを活用したジビエのトレーサビリティの実現といったことだ。
武田氏は、「ひろしまサンドボックスでの試行錯誤のおかげで、新たな事業や実証でも応用することができています。
ジビエ事業で活用したチャットボットの仕組みは、レモン事業で開発した仕組みから必要に応じて変えていますが、ジビエ肉のトレーサビリティという分野に、確実に応用できるノウハウは蓄積されていると感じます。」と述べた。
未来の1次産業を創る若者の育成
さらにエネコムは、広島県立西条農業高等学校(以下、西条農高)と連携し、1次産業に携わるデジタルネイティブ世代の教育にも取り組んでいる。
具体的には、西条農高の畜産科において、これまで紙に記録していた飼育記録を、チャットボットの質問に回答することで、飼育記録を作成できるという仕組みの導入だ。また、登録された飼育記録は、データとして蓄積され、情報共有や分析に活用することができる。
人口減少や高齢化といった地域の課題解決には、こうした地域の1次産業に関わる若者が重要だと武田氏は言う。
「今回の西条農高との取り組みでも、学生さんはすぐにデータをどんどん登録し、ツールを使いこなしてくれました。
そして飼育記録のデジタル化から派生し、豚舎にネットワークカメラを設置する取り組みが行われるなど、必要に応じてデジタルが活用されています。
1次産業に携わる学生が当たり前にデジタルを活用することで、今後新たな課題が生まれた際にも、デジタルを活用しながら解決するという発想が生まれます。
豚の場合は菌に弱いという特性もあるので、将来的には人が介在しない飼育が実現されれば、と思っています。」と、新しい世代がデジタルを使いこなし、今後の課題解決に繋げていってほしいと語った。
このようにエネコムは、多岐にわたる事業展開を行っているが、共通しているのは地域課題解決への想いだ。
武田氏は、「地域の課題はどこの地域にもあると思います。しかしそこにいる人や土地、歴史が違えば、課題の形もそれぞれ少しずつ違います。そうした現場の課題や必要なものを組み上げて、本当に必要なサービスは何かを見極めながら事業を作っていくことが重要です。
そして今までなかなかデジタルが浸透してこなかった1次産業の成功例をたくさん作っていくことで、最終的に多くの地域の課題を解決していきたいと思います。」と、今後の展望を述べた。
和田 まりん現在、デジタルをビジネスに取り込むことで生まれる価値について研究中。IoTに関する様々な情報を取材し、皆様にお届けいたします。