沿って, Uav-jp 31/01/2023

日本の超小型探査機「OMOTENASHI」と「EQUULEUS」は月に飛んで何をする?

Artemis Iのミッション図。Orionを打ち上げ、地球に帰還させる (C)NASA

日本は小惑星探査機「はやぶさ2」の打ち上げ時、ロケットの余剰能力を活用し、超小型探査機「PROCYON」(プロキオン)を相乗りさせていた。Artemis Iも同様に、6Uサイズ(10×20×30cm)のキューブサットの打ち上げ機会を提供。当初は米国内のみで選定が進んでいたが、空きがあったため国際パートナーに声がかかったという。

条件は、有人探査を推進する技術・科学ミッションを含むということ。JAXAには2015年8月に連絡があり、提案の締め切りまでたった2カ月しかなかったものの、複数のミッションを提案し、OMOTENASHIとEQUULEUSが選定された。当時は2018年の打ち上げ予定で、開発期間が1年半ほどしかなく、JAXA内で開発を進めることとなった。

Artemis Iには、日本の2機のほか、米国7機、イタリア1機の合計10機の探査機が搭載。もともとは13機の予定だったが、3機は間に合わなかったそうだ。

これらの相乗り探査機は、宇宙船とロケット上段の間のアダプタ内に設置。Orionを月遷移軌道に投入した後、分離される。SLS上段は月のそばを通過し、惑星間空間へと投棄されるが、この間、分離のタイミングは探査機側で自由に選ぶことができる。日本の2機は、ヴァン・アレン帯付近という、早いタイミングでの分離を予定している。

打ち上げ日は、まだ「2022年2月12日以降」としか分かっておらず、正式な日時については、同年1月初頭に実施予定のリハーサル試験後に決定されるという。2機のうち、OMOTENASHIは月面着陸を計画しているのだが、打ち上げが大幅に遅れなければ、日本初の月面着陸になる可能性が高い。その点でも注目だ。

世界「最小」の月面着陸を実現できるか

「OMOTENASHI」(オモテナシ)は、革新的な月面着陸技術の実証を目的とした探査機である。橋本樹明氏(JAXA宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 教授)によれば、すでに選定されていた他の相乗り探査機に極域の氷を観測するミッションが多かったことから、競合を避け、他に無かった着陸を提案したという。

最大の特徴は、キューブサットクラスの小さな探査機で、月面着陸するという世界初の技術に挑むことだ。通常は、どんなに小さくても、着陸機は数100kg程度にはなる。しかしキューブサットで実現できれば、コストは桁違いに下がる。橋本氏は「大学や中小企業、個人でも可能になる。敷居が下がり、いろんなアイデアが出てくる」と期待する。

またコストが下がれば、たくさん打ち上げて、月面の様々な場所を調べることができる。大型計画とは、補完的な役割も期待できるだろう。

しかし月面着陸で小型化が難しいのは、火星と違って大気が無いため、パラシュートなどの空力的な減速手段が使えないからだ。減速のためには、どうしてもロケットによる大きな推力が必要になってしまう。

基本的に、探査機を小さくするには、部品やコンポーネントを小さくしていけば良い。ただし推進系には、バルブなど一定以下にできないものもあり、構造効率がどんどん悪化するため、小型化には限界がある。OMOTENASHIは、「どこまで小型化できるかの挑戦」(橋本氏)なのだ。

液体ロケットは高性能だが、構造が複雑なため、小型化には向かない。事実上、固体ロケットしか選択肢は無く、今回、直径11cmの超小型固体ロケットモーターを開発した。しかしこれでも探査機の全重量を着陸させるのは不可能なため、点火時に着陸部以外は投棄する仕組みになっている。

一般的に“着陸”というと、逆噴射により対地速度をゼロ近くまで下げるソフトランディング(軟着陸)のことを指す。一方、無制御のハードランディングもあるが、これはむしろ着陸というより“落下”や“激突”のイメージに近い。OMOTENASHIが目指すのは、この中間といえる“セミハード”である。

日本の超小型探査機「OMOTENASHI」と「EQUULEUS」は月に飛んで何をする?

ソフトランディングには推力の精密な制御が不可欠だが、固体ロケットは点火したら燃え尽きるのを待つしかない。減速量(ΔV)の誤差がどうしても大きくなるため、確実に着陸させるためには、ある程度の残留速度は許容するしかない。

OMOTENASHIの場合、この速度は、秒速50m(時速180km)程度になる。激突の衝撃に耐えるために、着陸部の下側にアルミ製のクラッシャブル材を搭載。ここが潰れて衝撃を吸収することで、着陸部にかかる衝撃は8,000G程度まで抑えた。着陸部の機器内はエポキシで充填して隙間を無くしており、10,000G以上にも耐えられる設計になっている。

なお、当初は上側からの衝撃を吸収するためにエアバッグを使う計画だったが、下側からしか衝突しないことになったため、膨張はさせる必要が無くなった。ただ、このエアバッグはアンテナとしても利用しているため、展開だけは行う。着陸部には、アマチュア無線の送信機を搭載。この電波が受信できれば、着陸の成功確認となる。

欲を言えば直接月面の映像が見たいところであるが、さすがに着陸部にカメラまでは搭載できなかった。しかし本体側には搭載されているとのことで、地球の撮影を実施する予定だ。

OMOTENASHIは、本体(OM)7.6kg、固体ロケットモーター(RM)4.3kg、着陸部(SP)0.7kgという構成で、合計重量は12.6kgだ。本体には、探査機を月衝突軌道へ向けるためにガスジェットの推進系も搭載。また固体ロケットモーターをスピン安定にするため、点火前には、このガスジェットを使い、本体を高速に回転させる。

OMOTENASHIの運用

以上は工学ミッションであるが、OMOTENASHIは科学ミッションとして、放射線環境の測定も行う。そのために、民生品の携帯型線量計を改造したものを搭載。超小型のため精度は限られるものの、地球磁気圏外での観測機会は貴重だ。今後、多数の超小型探査機に搭載すれば、データの蓄積に貢献できると期待されている。

1リットルの水でラグランジュ点を目指せ

「EQUULEUS」(エクレウス)は、太陽-地球-月圏での効率的な軌道制御技術を実証するための探査機である。担当した船瀬龍氏(JAXA宇宙科学研究所 学際科学研究系 教授、東京大学大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻 准教授)は、前述のPROCYONの開発者でもあり、超小型の深宇宙探査機としてはこれが2機目となる。

EQUULEUSの目的地は、地球から見て月の向こう側にあるラグランジュ点L2だ。ラグランジュ点は、地球・月の重力と遠心力がうまく釣り合う場所で、5カ所あることが分かっている。燃料をあまり使わずにその場所にいられることから、深宇宙港の設置場所として期待されており、月面への物資輸送や火星へ向かう中継地点として活用できる。

EQUULEUSは、地球-月系のラグランジュ点L2(EML2)に、キューブサットとして初めて向かう。キューブサットは燃料をあまり搭載できないため、軌道制御能力は極めて限られる。しかし太陽や月の重力をうまく利用することで、半年~1年程度の長い飛行期間は必要になるものの、キューブサットでもL2へ到達できるという。

打ち上げ後、数回にわたって月スイングバイを実施するため、L2へ向かう軌道は非常に複雑なものになる。ただ、これによって、L2に直接向かうより、遙かに燃料の消費を抑えることができる。必要な制御量(ΔV)はわずか数10m/s程度とのことで、これならキューブサットでも十分実現可能だ。

EQUULEUSの重量は10.5kg。大きな特徴は、水(1.22kg)を推進剤とするレジストジェットを搭載することだ。水は無害、というか飲めるほど安全であるので、探査機の安全審査で非常に有利というメリットがある。また水は月面でも入手できる可能性があり、将来的には、宇宙で水を現地調達し、それを使ってさらに遠くに行くことも考えられる。

今後、Artemis計画などの進行によって、月への相乗り機会がさらに増えることが予想される。軌道制御技術を駆使することで、少ない燃料でも到達できる範囲が広がれば、将来の超小型ミッションの自由度が向上し、様々な科学成果が得られることになるだろう。EQUULEUSで狙っているのは、その可能性を実証することだ。

EQUULEUSでは、3つの科学ミッションも計画されている。

「地球磁気圏プラズマ撮像」(PHOENIX)では、搭載する極端紫外光カメラを使用。地球から遠く離れることを利用し、磁気圏プラズマ全体を撮影する。地球周辺における放射線環境の理解を深めることに繋がり、JAXAのジオスペース探査衛星「あらせ」(ERG)の観測を補完することも期待されているという。

「月面衝突閃光観測」(DELPHINUS)では、可視光の高速カメラにより、月面に衝突する隕石が発する閃光を観測することを狙う。L2からなら、地球照に邪魔されず、長時間の連続観測が可能になる。これにより、月面に落下する隕石のサイズや頻度が分かり、月面の有人活動におけるリスク評価ができる。

「地球-月圏ダスト検出」(CLOTH)では、地球や月の周囲の宇宙空間に、どのくらい微粒子(宇宙塵)が漂っているのか調べる。そのために、探査機を覆う金色のMLI(多層断熱材)の中に、薄膜状のダスト検知センサーを埋め込んでいる。これにより、キューブサットながら大きな観測面積を実現した。