サッカーの新王者、モハメド・サラーのたゆまぬ進化の原動力とは【前編】(GQ JAPAN) - Yahoo!ニュース
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5コメント5件母国・エジプトのリーグでプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせ、欧州に渡ってからも圧倒的な努力で世界最高のプレイヤーになる夢を実現したサラー。彼は今、世界の誰もが憧れるヒーローだ。イギリス版『GQ』によるロングインタビューの前編。
モハメド・サラー。
雲ひとつない秋の日、英・リヴァプールFCの名フォワード選手、モハメド・サラーはエジプトのテレビ番組によるインタビュー撮影のためにリヴァプール市庁舎を訪れた。コリント式の柱や金の透かし細工を施したコーニスに飾られた、後期ジョージアン様式の美しい建物だ。国民的ヒーローの撮影に華やかで由緒あるロケーションを希望したプロデューサーも満足したことだろう。大広間に輝くクリスタルのシャンデリアは、それぞれ重さが1トンもあるのだそうだ。【写真をみる】ギャラリー:【前編】サッカーの新王者、モハメド・サラーのたゆまぬ進化の原動力とは隣室でカメラが回る中、スタッフが緊張の面持ちで駆けずり回り、低い声で言葉を交わしている。「サラー!」リヴァプールFCの宿命のライバルであるエヴァートンFCのファンを公言するリバプールのロードメイヤー、メアリー・ラスムッセンでさえ、興奮を隠しきれない。「ライバルチームでも関係ありません!」と、外国からの貴賓を迎えるのにふさわしいゴールドの首飾りを身に纏った彼女はささやく。どのチームのサポーターだろうが、モハメド・サラーを嫌いな人はいないのだ。エジプトでは彼のライフストーリーが授業で教えられ、「ハピネスメーカー」という愛称で親しまれている。リヴァプールFCでの5つのシーズンを通し、数々の記録を達成しながら、チームをプレミアリーグとチャンピオンズリーグ優勝に導いたフィールドでの活躍はもちろんのこと、サラーはフィールド外の功績でも称えられている。明るい笑顔、アフロヘアとヒゲの組み合わせ、健全で勤勉な家庭的イメージ。カイロの北方、ナイル川デルタにあるサラーが育った村、ナグリグでは、サラーの気前の良さは伝説になっている。学校、水処理施設、救急ステーションの建設費を村に寄付し、サラーの財団は毎月、生活困窮者に食べ物やお金を提供している。サラーの慈善行為についてはあまりにも度々伝えられるので、時には真実でない話さえ混ざっているが、サラーはめったにインタビューに応じないため、真偽の確認は難しい。なかには動画や写真などの証拠がなければ作り話に聞こえるような実話もある。たとえばリヴァプールのガソリンスタンドで、ホームレスの男性がタチの悪い連中にからまれていた時、サラーがベントレーから颯爽と降りてその場を丸く収めたうえ、ホームレスの男性に宿泊施設に泊まれるようお金を渡した、という話である。また、サラーの父親の車から3万エジプトポンド(約22万円)が盗まれた時、サラーが告訴しないよう父親を説得しただけでなく、盗んだ男性が更生できるようお金を渡したというエピソードも実話だ。スタンフォード大学の研究によると、2017年にサラーがリヴァプールに移住したことで、都市のヘイトクライムが18.9%減少したという相関関係が認められるそうだ。エジプトでは、サラーが政府の薬物乱用防止キャンペーンに参加したことで、ヘルプラインへの電話が4倍に増えている。ここまで聞くともう驚くこともないと思うが、2018年に行われたエジプトの前回の大統領選では、サラーが立候補していないにもかかわらず、大勢の投票者が投票用紙にサラーの名前を書いて票を無効にした、という報告が各地であった。ついに大広間の両開きのドアが開かれ、HACULLA(ハキュラ)の黒のフーディとジーンズ、MSGMのスニーカーというスタイルでサラーが登場した。20人はいそうな撮影スタッフがスーパースターとのセルフィーを撮ろうと彼を囲んでいる。明らかに度が過ぎているが、サラーは笑顔で周りに合わせている。彼のスタッフが割って入り、私たちは披露宴会場のようにセッティングされた別の、同じくゴージャスな部屋に避難した。サラーはポケットに手を入れたまま、椅子に腰を掛けた。まったく動じていない。熱烈な歓迎には慣れているのだ。「こういうのに憧れていたけど、限度があるね」と彼は言った。彼にとっては日常茶飯事なのだ。今、ビートルズと同じくらいサッカーを愛してやまないこのリヴァプールの街に彼が現れたら、瞬時に人だかりができるだろう。ニューヨークでは、ホテルのエジプト人従業員が彼の部屋番号を調べ上げ、眠りにつこうとしているサラーに内線電話を掛ける(これも実話だ)。エジプトにいたっては、サラーがどれだけ愛されているかを伝えることすら難しい。バザールではありとあらゆる家庭用品に彼の顔がプリントされ、通りや学校の名前はサラーを称えて改名されている。サラーをインタビューするエジプトのアナウンサー、アムル・アディブは、サラーは人々の夢だと語る。「ロールモデルで、サクセスストーリーなんです。ゼロから始めて世界一になったのですから」10年以上前のアラブの春以降、国を立て直そうと奮闘してきたエジプトにとって、サラーは単なるアスリート以上の存在だ。彼は生き方の模範なのだ。その責任が重くのしかかることもある。少し前、サラーは妻のマギ・サーデグと2人の子供(7歳のマッカと1歳のカヤン)を連れて故郷ナグリグにイード(イスラム教の祝日)を祝うために戻ったことがある。「家族と散歩と礼拝のために外出したら、途端に300~400人の人が集まってきた」とサラーは言う。熱狂的な人だかりのせいで家から出られなかったそうだ。公共の場でめったに怒りを見せない彼が、その時ばかりはTwitterで想いを吐露した。「あの時は怒ったよ」とサラー。家族一緒に出かけられない状況に、母や妻も泣いていたという。「父はがっかりしていた。みんなを慰めないといけなかったから」だが、それは愛から来た行為だということも、サラーは理解している。「よくわかっているよ、僕を見て喜んでいるだけだってことは。そういうものだと受け入れなきゃいけない」彼は裕福ではなかった幼少期を忘れていない。泥棒とのエピソードについて彼に聞くと、はじめは自分の慈善行為について語るのは愚かだという思いから、質問をはぐらかそうとした。そこで、なぜ泥棒を許したのかと問い詰めると、彼はこう答えた。「別に(盗難を)認めているわけじゃないけど、盗むにはもっと大きな理由があったはずだ。理由があってやったんだと思った。父が警察に聞いたところ、彼は何も持たない本当に貧しい人だとわかった。だから彼を助けて、そっとしておこうと父に言った」モハメド・サラーは人生がどれほど変化するものなのかを身をもって経験している。セカンドチャンスの力を彼ほど信じている人はいないのだ。フィールドでのサラーはストライカーとしてもプレーするウイングを務め、至高のクオリティと比類なき安定感でゴールを決める。サラーは2017年にリヴァプール入りすると、1シーズン38試合での最多得点記録を早速打ち立てた。次のシーズンではチームを6度目のチャンピオンズリーグ優勝へと導き、その次の年、リヴァプールFCは30年ぶりにプレミアリーグを制した。前シーズンでは運悪く多くの選手がケガを負ったため、チームは苦戦した(それでも3位という好成績だ)が、今シーズン、サラーはさらなる高みに到達したようだ。本稿の執筆段階で、彼はわずか20試合で19得点を決め、さらに9得点でアシストし、自身の持つ記録を塗り替えようとしている。今のサラーのプレーは、アスリートが真のピークに達しようとする時の、レアでスリル満点の気分を見るものに与える。それは、アルプスの山頂にかかる霧が晴れていくのを見ているようなすがすがしさだ。リヴァプールFCの監督、ユルゲン・クロップは私からのメールにこう返信している。「現時点でサラーは、地球上で一番サッカーがうまい選手だと主張できるだけの実力を持っている」
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